00.Introduction

はじめに

介護業界のM&Aは、ここ数年で局面が変わりました。2024年度の介護報酬改定で大規模事業者を優遇する基本報酬の段階差が広がり、令和6年6月施行で処遇改善加算が「介護職員等処遇改善加算」として一本化、令和7年4月以降は経過措置が終了して新要件が完全適用されている。一方で介護事業者の倒産・休廃業は過去最多水準で、2024年は通所介護を中心に小規模事業者の撤退が目立ちました。買い手は大手の介護グループ・PEファンドが地方や郊外の中小事業者を取りに来ていて、売り手は「規模では戦えない・処遇改善加算の維持コストが重い」という構造的な理由で売却を決めています。

介護事業のDDが他業種と決定的に違うのは、収益のほぼすべてが介護報酬という公定価格に紐づいていて、その公定価格が「指定」と「加算要件」の継続維持を前提にしていることです。指定が承継できなければ報酬は止まる。加算要件が満たせなければ単価が下がる。過去の請求に過誤があれば数年遡って返還を求められる。譲渡実行から半年以内に、こうした構造が表面化する案件をいくつも見てきました。決算書とサービス収入の数字だけを見ていたら、譲渡後に経営計画の前提が崩れます。

介護M&Aの実務的な急所は「指定の承継」「人員基準の維持」「処遇改善加算の継続」「過去の請求の正当性」の4つに集中します。譲渡日の数ヶ月前から動いていないと、間に合わない論点があります。

01.Section 01

2024年改定以降の介護M&A——規模優遇と倒産過去最多の二極化

介護報酬は3年ごとに改定されますが、2024年度改定の最大の特徴は「規模に応じた基本報酬の差」が拡大したことです。たとえば通所介護では、利用定員規模ごとに単位数が段階分けされ、大規模事業所ほど一人あたりの基本報酬は下がるが、稼働ボリュームで吸収する構造です。中・小規模で稼働率が安定しない事業所では、固定費を割り戻すと収益が成立しなくなる。これが「介護倒産過去最多」(出典: 東京商工リサーチ『2024年度「介護事業者」倒産』2025年)の構造的背景になっています。

一方で買い手側の動きも変わりました。SOMPOケア・ベネッセスタイルケア・ツクイHD・学研HDなどの大手介護グループは、本部機能の集約とITによる労務効率化で大規模事業者の優位を活かしやすい体制を作っています。PEファンドも介護事業に専門特化したロールアップを進めていて、複数の中小事業者を束ねて「準大手」として運営することで規模優遇のメリットを取りに行く動きが目立ちます。

このフェーズで売り手として相談に来る経営者の譲渡理由は、おおよそ4パターンに分かれます。まず多いのが、規模では勝てない構造への諦めです。2024年改定で基本報酬が下がり、小規模単独では黒字化が難しくなった。次に処遇改善加算の運用負荷で、賃金改善計画書・キャリアパス要件・実績報告など、加算維持の事務作業に手が回らないという声がよく出ます。三つ目は介護福祉士・看護職員の採用停止です。人材確保競争で大手に勝てず、人員配置基準ぎりぎりでの運営が続いている。最後が過去の実地指導での指摘事項で、是正対応に追われて運営が重くなっているパターンです。

表向き「事業承継のため」とされる案件でも、決算書を遡って人件費比率や加算算定状況を確認すると、上記のいずれかに突き当たることが多い。買い手として、譲渡理由を仲介の説明だけで判断しないことが、介護DDの最初の分岐点になります。

/ Field Notes — 現場から

「事業承継」の裏にあった加算返還の不安

地方の通所介護を3拠点運営する事業者のDDで、社長から「後継者がいないので譲渡したい」という説明を受けました。決算書は3期連続黒字、純資産も健全です。ただし過去2年分の処遇改善加算の実績報告書を確認したところ、加算Ⅰの算定要件である「経験・技能のある介護職員(年収440万円以上)の人数要件」が、複数の月で満たされていない疑いが見えました。

社長に確認すると、「実績報告では問題なく出している」という回答でしたが、給与台帳と要件該当者の名簿を突合すると齟齬があり(経験・技能のある介護職員の配置や、月額8万円改善・年収440万円以上の対象者を1名以上設定する要件など、複数の要件のいずれかが満たせていない月が散在)、過去の請求を遡って見直す必要がある状態でした。社長の本当の譲渡理由は、過去の加算算定の正当性に不安があり、今後の実地指導で指摘されるリスクから降りたい、という背景がありました。買い手は譲渡対価を当初想定の60%まで下げ、過去の加算返還リスクを譲渡側の表明保証と特別補償で覆う構成に切り替えました。「事業承継」という言葉の裏にある不安は、決算書の数字だけでは見えてきません。

02.Section 02

指定の承継——スキーム選択で報酬請求が止まる空白期間が出る

介護事業の指定(介護保険法に基づく指定居宅サービス事業者・指定介護老人福祉施設等の指定)は、サービス類型ごと・事業所ごとに自治体(都道府県・指定都市・中核市等)から取得します。M&Aで会社の支配権が移転したり、事業を移管したりするとき、この指定をどう承継するかでスキームの選択が決まります。

スキーム指定の取扱い注意点
株式譲渡指定は会社に紐づくため、原則として承継。役員変更等の届出は必要変更届の遅延で指導対象になりうる。代表者変更は速やかに
事業譲渡譲受側で新規指定申請が必要。指定までの空白期間が発生する自治体の標準処理期間は2〜3ヶ月。介護報酬請求は新指定後から
会社分割包括承継の効果として指定が移ると解されるが、自治体実務は確認必須自治体によって運用差が大きい。事前協議が必須
合併包括承継により指定承継。指定変更届出消滅会社の介護報酬請求の引継ぎを介護報酬支払機関と調整

仲介会社が「事業譲渡で進めましょう」と提案する案件で、指定の空白期間が想定されていないことがあります。事業譲渡で譲渡を実行しても、譲受側の新規指定が下りるまでの期間(自治体により2〜3ヶ月)は、譲受側で介護報酬を請求できません。譲渡日から新指定までの間、入居者の介護サービスは継続するが報酬は請求できない、という状態は、運転資金で持ちこたえる必要が出てきます。

会社分割は、包括承継の効果として指定が移ると解する自治体が多いが、運用は自治体ごとに違います。「うちの自治体は会社分割でも承継届で済む」という前提でスケジュールを組んだら、実は新規指定が必要だった——こうした齟齬は、介護M&Aで頻発します。指定の承継スキームは、譲渡側・譲受側の双方の事業所所在地の自治体に、DDの初期段階で個別に確認することが、実務では欠かせません。

/ Field Notes — 現場から

事業譲渡で新規指定が下りず、譲渡日が3ヶ月後ろ倒しになった案件

訪問介護を5拠点運営する事業者の事業譲渡案件で、当初は「3ヶ月後にクロージング」というスケジュールでした。仲介会社のスケジュール表には、譲受側の新規指定申請は「クロージング2週間前」と記載されていました。当該自治体に事前確認を入れたところ、新規指定の標準処理期間は2.5ヶ月、書類差し戻しを考慮すると3ヶ月程度を見るのが現実的との回答です。

仲介会社の工程通りに進めた場合、譲渡日から新指定までの間、5拠点で介護報酬請求ができない状態が2〜3ヶ月続くことになります。月次の介護報酬請求額は5拠点合計で約4,500万円。請求できない期間の運転資金とサービス継続を両立させるには、譲渡側に名義を残したまま委託契約で運営する苦しい設計になります。最終的にクロージング日を3ヶ月後ろ倒しし、新規指定を譲渡日に先行取得する設計で組み直しました。介護M&Aで「指定の承継スケジュール」を最優先で確認しなかったら、運転資金が底を突きうる案件です。

03.Section 03

人員配置基準の維持——譲渡後の有資格者離職で指定取消の構造

介護事業の指定要件には、サービス類型ごとに人員配置基準が定められています。たとえば訪問介護では常勤換算でサービス提供責任者の最低人数、通所介護では生活相談員・看護職員・介護職員の配置、特定施設入居者生活介護では看護・介護職員の利用者対比3:1以上、といった具合です。この基準を満たさない月が出ると、減算(基本報酬の減額)が発生し、長期化すれば指定取消の対象になります。

介護DDで確認すべき「人」の論点

人の論点は、過去の充足状況の検証と将来の維持可能性の両面で見ます。出発点になるのは常勤換算の充足状況で、過去12ヶ月の各月で人員基準を満たしていたかを、タイムカード・シフト表・社会保険加入記録で常勤性まで立証できるかどうかを確認します。加えてサービス提供責任者・管理者・看護職員の年齢構成を見て、50代後半に偏っていないか、退職予兆のあるキー人材は誰かを押さえる。サービス提供体制強化加算など介護福祉士比率に応じた加算を取得している場合は、その比率の維持可能性も論点になります。

将来リスクとしては夜勤体制が重く、特養・有料老人ホームの夜勤シフトが譲渡後も維持できるか、夜勤専従者の離職リスクはどうかを見ます。一方で過去の傷として、直近2〜3年で人員基準減算を受けた期間があったかは必ず遡って確認します。

譲渡後にキー人材が離職して人員基準を割り込むパターンは、介護M&Aで最もよく見る失敗の一つです。理由は単純で、介護人材は地域内の他事業所と給与水準で比較され、譲渡後に経営者が変わると「会社が変わるなら自分も動く」という心理が働きやすい。とくに事業所運営を支えてきた管理者・サービス提供責任者は、譲渡前後の処遇とコミュニケーションで離職を選ぶことが少なくない。買収シナジーを優先して労務条件を急に整理した結果、半年後に人員基準を割って指定取消の警告を受けた——というケースは実在します。

介護M&Aで人員基準のリスクを下げるには、DDの段階でキー人材の雇用契約・処遇・離職予兆を確認し、譲渡前後で「キー人材残留契約」と処遇変更の凍結期間を設ける設計が現実的です。買い手側の本社管理を急いで導入しないことも、買収後の人員基準維持には効きます。

/ Field Notes — 現場から

譲渡4ヶ月後にサ責が3名同時退職した案件

都市部の訪問介護事業者のDDで、サービス提供責任者は5名在籍していました。常勤換算でサービス提供責任者の必要数は4名なので、書類上は1名分の余裕があります。ただしDDで5名のサ責に個別ヒアリングしたところ、3名から「経営者が変わるなら退職を考える」というニュアンスの回答が出ました。

買い手側の意向で、譲渡実行は予定通り進めましたが、譲渡4ヶ月後にサ責3名が同時退職しました。残るサ責は2名。一時的に常勤換算で人員基準を割り込み、自治体から減算と是正指導を受けました。新規採用と短期派遣で2ヶ月後に人員を回復させましたが、この間の介護報酬減算と是正対応コストは合計で約1,800万円。買収後3ヶ月の凍結期間を設けて、サ責の処遇とコミュニケーションを丁寧に進めていれば、ある程度防げた失敗です。介護M&Aの人員リスクは、ヒアリングで見える範囲を信じて譲渡を急ぐと、譲渡後に必ず返ってきます。

04.Section 04

処遇改善加算一本化(令和6年6月施行・令和7年4月完全適用)——算定要件と簿外返還リスク

令和6年6月から「介護職員等処遇改善加算」として、従来の処遇改善加算・特定処遇改善加算・ベースアップ等支援加算が一本化され、算定要件が再整理されました(出典: 厚生労働省「介護職員の処遇改善」リーフレット 令和6年)。令和6年6月から令和7年3月末までの経過措置期間を経て、令和7年4月以降は新要件が完全適用されています。最上位の加算Ⅰを算定するには、「経験・技能のある介護職員」の配置・賃金改善要件・キャリアパス要件・職場環境等要件を継続的に満たす必要があります。

処遇改善加算のDDで確認すべき軸

中心になるのは加算Ⅰの算定要件充足です。具体的には、経験・技能のある介護職員の配置(介護福祉士で勤続10年以上を基本としつつ、他法人での経験や業務・技能を踏まえて各事業者の裁量で設定する)、月額8万円改善または年収440万円以上の対象者を1名以上設定していること、月平均賃金の改善実績、キャリアパス要件Ⅰ〜Ⅳ、職場環境等要件のうち6区分以上(具体要件は告示・通知に依拠)を、継続的に満たしているかを見ます。

そのうえで、書類間の整合性を突合します。まず賃金改善計画書と実績報告書の整合性で、計画書に記載された賃金改善額と実績報告書の支給実績が一致しているか、差額が「未配分」として残っていないかを確認する。さらに給与台帳と加算配分台帳の整合性として、加算で受け取った金額が計画通り職員の処遇改善(基本給・手当・賞与・一時金)に配分されているかまで追います。過去の傷としては、実地指導や監査で加算の算定要件不備が指摘され、過去の加算分を返還した履歴があるかを確認する。最後に将来軸として、経過措置終了後の令和7年4月以降の要件で、引き続き加算Ⅰが算定できる体制かを見極めます。

処遇改善加算は、介護事業の収益の数%〜十数%を占める比重があります。加算Ⅰと加算Ⅲでは取得できる金額が大きく違うため、加算Ⅰを取得していた事業者が新要件で加算Ⅱ以下に下がる場合、年間の収益が想定より大幅に下がる構造です。譲渡時点の損益で「健全」と評価しても、新要件適用後の損益で見直すと別の景色になりうる。バリュエーションのベースを「現状の加算ランク」で組むと、譲渡後すぐに数字が崩れることになります。

もう一つ重大なのが、過去の加算算定の正当性です。実地指導や監査で「加算の算定要件を満たしていない」と指摘された場合、過去2〜3年分の加算を遡って返還することになります。請求済みの加算をすでに賃金改善として職員に支給していれば、返還資金は手元にない構造です。ここはB/Sには載らない簿外債務として扱うべき論点で、DDで請求台帳・賃金改善実績・要件充足の証憑を確認するのが標準的な作業です。

/ Field Notes — 現場から

加算Ⅰの要件を満たさない月が散在していた案件

有料老人ホームを2拠点運営する事業者のDDで、過去2年分の処遇改善加算実績報告書と給与台帳を突合しました。加算Ⅰを算定していたが、要件である「経験・技能のある介護職員」の月別配置数を確認すると、24ヶ月のうち4ヶ月で要件を満たしていない月が見つかりました。社長は当初「要件は毎月クリアしているはず」という認識でしたが、給与台帳と要件該当者名簿を月単位で並べると、対象者の退職や休職が重なった月に実数が基準を下回っていました。

もしこのまま実地指導が入れば、加算Ⅰと加算Ⅱの差額×4ヶ月分の返還リスクが発生します。2拠点合計で概算すると約1,200万円の返還が見込まれました。譲渡対価3.5億円の案件で、最終的に表明保証と特別補償条項に「過去の加算算定要件不足が指摘された場合の返還額を譲渡側負担」と明記し、譲渡対価そのものは据え置く設計に切り替えました。介護M&Aで処遇改善加算のDDを省略する選択肢はありません。

05.Section 05

実地指導・監査履歴と過誤調整——譲渡側の過去のリスクが買い手に来る

介護事業者は、自治体の実地指導(2022年度から「運営指導」に名称変更。以下、本記事では実務で併用される「実地指導」表記で統一)と国保連の過誤調整という2つの仕組みで、過去の請求の正当性を継続的に確認されています。実地指導(運営指導)は概ね数年に1度の頻度で実施され、書類確認・現場確認で運営基準・人員基準・加算要件の充足を見ます。指摘事項によっては、過去の介護報酬を遡って返還する「自主返還」を求められます。

実地指導・監査関連でDDが見るべき書類

最初に開示してもらうのは過去5年の実地指導通知書・指導結果通知書で、指摘事項の内容と是正対応の状況を見ます。同じ指摘が繰り返されている事業所はリスクが高い。あわせて過誤調整の履歴を確認し、国保連経由の請求差戻しで過去にどの程度の金額が調整されたか、その調整理由が「請求誤り」なのか「要件不適合」なのかを切り分けます。自主返還の履歴と金額——自治体・国保連からの指導・指摘で自主返還した金額と対象期間——も同じ文脈で押さえる。

さらにリスクの広がりを見る論点として、連座制対象の有無があります。過去の事業者処分に伴い、関連する事業所・代表者が指定取消等の連座制対象になっていないかを確認する。最後に苦情・事故報告の履歴として、利用者・家族からの苦情や、転倒・誤薬等の事故報告と是正対応も書類で追います。

実地指導は「指摘なし」で終わる事業所もありますが、多くの中小事業者で複数の指摘事項があります。重要なのは、指摘の内容が「軽微な記録不備」なのか「要件不適合に類する重大事項」なのかの区別です。重大事項の指摘がある場合、過去の請求の正当性が揺らぐ可能性があり、買収後に過去分の返還を求められるリスクが残ります。

DDで実地指導の記録を確認しても、自治体の指導はすべてが書面化されるわけではありません。「口頭での指導」が記録に残らないこともあるので、社長・管理者へのヒアリングで「過去に自治体から何を言われたか」を聞き出す作業が必要です。中小事業者では、社長以外がこの種の指導内容を把握していないケースも多く、ヒアリングのタイミングと相手選びがDDの結果を左右します。

/ Field Notes — 現場から

「指摘なし」と説明された事業所で過去の口頭指導が見つかった案件

地方の通所介護を3拠点運営する事業者のDDで、過去5年の実地指導通知書を開示してもらいました。3拠点とも「文書での指摘事項なし」となっていました。ただし管理者へのヒアリングで、ある拠点について「2年前の実地指導で、加算の算定方法について口頭で注意を受けた記憶がある」という発言が出てきました。

具体的には、サービス提供体制強化加算の算定で、介護福祉士比率の計算方法に誤解があり、本来該当しない月にも算定していたとのこと。口頭指導の段階だったため文書記録には残っていませんでしたが、自治体側の記録を確認すると、口頭指導の経過がメモとして残っていました。次回の実地指導で同じ論点が再び見られる可能性が高く、過去分の返還リスクが残ります。買い手側でこの加算の過去24ヶ月分の返還可能性を試算したうえで、表明保証と特別補償の対象に明記しました。「文書指摘なし」だけ確認していたら見えなかった論点です。

06.Section 06

利用者構成と稼働率——「いまの売上」が来期も続くかを見極める

介護事業の収益は、利用者数×サービス単価で構成され、サービス単価は要介護度・加算算定状況・地域単価で変動します。M&AのDDで「直近の売上」を見て価格を決めると、来期に売上が崩れる可能性を見落とします。利用者構成のDDが、介護M&Aで最も丁寧にやるべき作業のひとつです。

利用者構成のDDで見る軸

軸の中心は要介護度別利用者数の推移です。過去12〜24ヶ月の要介護度別の利用者数を並べ、重度化(要介護4・5)が進んでいるか、軽度(要介護1・2)が増えているかを読みます。あわせて長期利用者の比率——3年以上継続している利用者の比率——を見る。長期利用者が多い事業所は一見安定的に見えますが、ここは読み方を間違えやすい軸です。比率の高さそのものではなく、その層の年齢分布が退所・看取りに近づいているかどうかが効くので、年齢構成とセットで来期の利用者数の見通しに織り込む必要があります。逆に入口側として、過去12〜24ヶ月の新規利用者の月別獲得数を確認し、地域包括支援センター・ケアマネからの紹介が継続しているかを押さえます。

収益の生命線になるのが稼働率で、定員に対する稼働率の推移は、通所介護・特養ならとくに重要です。最後に外部要因として、同地域内の同サービス種別の事業所数や新規参入・撤退の状況といった競合事業者の動向も見ておきます。

「直近期の売上が安定している」事業所でも、利用者構成を見ると数年内に売上が下がる構造が見えてくることがあります。たとえば長期利用者が多く、要介護度の高い高齢者が中心の場合、数年内に看取り・施設入所などで利用者数が自然減します。新規獲得が停滞していると、その自然減を埋められず、数年で稼働率が落ちます。これをDDで把握しないと、買収後3年の売上計画が成り立たない。

稼働率はサービス類型ごとの収益への影響度が違います。固定費(人件費・賃料・水道光熱費)の比重が高い特養や有料老人ホームでは、稼働率が10ポイント下がるだけで収益が劇的に悪化する。一方で訪問介護は稼働率の概念がやや異なり、サービス提供責任者・ヘルパーの稼働時間を分子にする。事業所種別ごとに収益感応度が違うので、DDの分析手法も変わります。

/ Field Notes — 現場から

長期利用者の年齢構成で「3年後に売上半減」が見えた案件

地方都市の通所介護事業者のDDで、過去2年の月次稼働率は安定して82〜85%、売上も横ばいでした。表面上は健全な事業所です。利用者の要介護度・年齢・利用開始時期を一覧化したところ、要介護3以上の利用者が全体の60%、平均年齢は87歳、5年以上継続している利用者が40%でした。

地域包括支援センター・近隣ケアマネからの新規紹介状況を社長にヒアリングすると、「ここ2年は新規紹介がほぼ来ていない」という回答でした。理由は、近隣に新規開設された競合の通所介護に紹介が流れていたためです。長期利用者の年齢から推測すると、3年後に半数近くが施設入所・看取りで自然減する構造です。新規獲得を回復させない限り、3年後の売上は半減する見通しでした。買い手は譲渡後の最初の100日プランで、地域包括支援センターへの再アプローチと送迎エリアの見直しを最優先項目に据えました。利用者構成のDDをしていなかったら、買収後3年で稼働率と売上が崩れる案件です。

/ Summary

まとめ

介護M&Aは、損益とサービス収入の数字だけでは判断材料が足りない領域です。指定の承継スケジュール、人員配置基準の維持、処遇改善加算の算定要件と過去の正当性、実地指導の指摘事項、利用者構成の経時変化——どれも譲渡実行前に潰しておかないと、譲渡後の数ヶ月から数年で経営計画の前提が崩れます。決算書とサービス収入だけ見て価格を決める案件が、介護ではとくに危険です。

2024年改定以降の介護業界は、規模優遇路線と倒産過去最多が同時進行する局面に入りました。買い手にとっては良い事業者を割安で取得できる機会が増えていますが、同時に譲渡側の過去の運用に潜む簿外リスクを抱え込む可能性も上がっています。実地指導通知書、過去の加算実績報告書、給与台帳、利用者の要介護度・年齢一覧——これらを譲渡前に並べて確認しないと、介護DDは完結しません。

DD-AXでは、介護事業のビジネスDD・IT-DDを中小M&Aの規模感で実施しています。指定承継の自治体協議に詳しい行政書士、介護労務に強い社会保険労務士、元介護事業所管理者のネットワークと連携して、指定・人員・加算・利用者構成の論点を初期段階から潰し込む設計です。仲介会社のスケジュールに不安がある、買い手側の介護業界知見が薄いという案件で、声をかけていただくケースが増えています。

介護DDは「業種が特殊だから高い」と思われがちですが、指定基準・加算要件の照合はAIで定型処理でき、介護報酬改定の収益影響の試算や管理者ヒアリングといった判断は専門家が握ればいい。この工程分担なら、大手なら数千万円規模になる業種特化DDを、品質を落とさず大手より速く・安く設計できます(業種特化DDをAIで安く・速く回す方法)。