はじめに
介護報酬は3年ごとに改定される仕組みで、次回改定は2027年4月予定です(出典: 厚生労働省『介護保険制度の概要』令和7年)。なお診療報酬は2年ごとの改定のため、6年に一度は両者が同時改定となり、直近では2024年がその年でした。2025年後半までの社会保障審議会介護給付費分科会の議論で方向性が見え始めていて、利用者2割負担の対象拡大、要介護1-2の総合事業移行、人員配置基準のICT活用緩和の対象拡大——これら複数の論点が並んで検討されています。並行して、令和6年6月施行・令和7年4月新要件適用の介護職員等処遇改善加算の運用継続も、現行制度として注視される論点です。改定の最終確定はまだ先ですが、議論の方向性は徐々に見えてきていて、改定前後で売却を検討する小規模介護事業者が増えると見られます。
通所介護には以前から、利用延人員数の多い大規模型ほど基本報酬の単位数が低く設定される規模別の仕組みがあります。2024年改定では基本報酬自体は各区分で小幅に動いたものの、この規模別の枠組みは維持され、規模を取れない小規模事業者ほど固定費を薄められず収益が安定しにくい構造は変わっていません。あわせて令和6年6月施行で処遇改善加算が一本化されています(出典: 厚生労働省『介護職員等処遇改善加算 リーフレット』令和6年)。規模に応じた報酬の扱いはサービス類型ごとに事情が異なりますが、少なくとも通所介護の文脈では、小規模・単独運営の事業者の収益環境が一段と問われる流れです。2027年改定はその延長線上で、規模で勝ちにくい小規模事業者がさらに苦しくなる方向の論点が並ぶと見られます。M&Aを検討する譲渡側にとっては、改定前の駆け込み売却か、改定後の様子見か、判断が割れる局面です。買い手側にとっては、改定後の収益見通しを織り込んだバリュエーションが、買収判断の精度を決めます。
2027年改定で論点になる主な領域、改定前後の売り急ぎパターン、利用者構成のDD観点、総合事業移行のリスク、ICT・介護DX加算、改定後の収益見通しを織り込んだバリュエーションまで、中小M&Aの実務感に沿って順に押さえます。読者の関わる案件が小規模・通所介護中心であれば、改定後の収益試算は何パターン用意しているでしょうか。既存の介護M&A DD記事と併せて、改定対応版として位置づけます。
2027年改定の論点はまだ確定していませんが、議論の方向性は「規模優位の継続強化」と「小規模事業者の総合事業への押し出し」が軸です。改定後の収益見通しを織り込まずに2026〜2027年の譲渡対価を組むと、譲渡実行後に経営計画が崩れるリスクがあります。
2027年改定の主な論点——議論の方向性と確度
2027年介護報酬改定の最終内容は、社会保障審議会介護給付費分科会の議論を経て2027年初頭に告示で確定します。2025年12月までの議論で見えている方向性を整理すると、おおむね次のような論点が並びます。確定情報ではないため、変動の余地があることを前提に読んでください。
議論されている主な論点
まず利用者の自己負担に直結する論点として、利用者2割負担の対象拡大があります。所得基準の引下げで2割負担の対象者を広げる議論で、実装されれば現状1割負担の利用者の一部が2割に移行します。これと並ぶ大きな論点が、要介護1-2の総合事業移行です。軽度者向けサービスの一部を市町村の総合事業に移すもので、通所介護・訪問介護の対象範囲が変わりかねません。
オペレーション側では、人員配置基準のICT活用緩和の拡大が焦点です。2024年改定で見守り機器・テクノロジー活用時に部分導入された人員配置基準の柔軟運用(具体の比率や要件は施設類型ごとに異なる)を、2027年改定でさらに対象拡大する議論が進んでいます。加えて並行論点として、処遇改善加算の運用継続も無視できません。令和7年4月から新要件が完全適用された介護職員等処遇改善加算は現行運用フェーズに入っていて、要件の継続適合がDDの確認対象になります。このほか、在宅医療・介護連携や看取り対応・認知症対応の評価強化といった地域包括ケアシステムの強化、科学的介護情報システム(LIFE)の活用要件・データ提出の拡大も論点に並びます。
論点の確度
「議論されている」と「改定で実装される」は別の話です。利用者2割負担拡大は、過去の改定議論でも提起されつつ実装が見送られてきた経緯があり、2027年改定でも政治判断で見送られる可能性は残ります。要介護1-2の総合事業移行も、自治体側の受け皿準備が課題として議論が続いてきた論点で、全面実装ではなく段階的・部分的な移行になる可能性が高いと見られます。
譲渡実行のスケジュールを2026〜2027年に組む案件では、改定の方向性をベースケースとし、改定が実装されない場合のアップサイドケースを分けてバリュエーションを組むのが現実的なアプローチです。
改定論点を3シナリオでバリュエーションした案件
通所介護を3拠点運営する事業者の譲渡で、譲渡実行予定が2026年後半、つまり2027年改定の影響を直接受ける時期でした。当初の譲渡対価交渉は「現状の収益構造」をベースに進められていましたが、2027年改定の論点を整理し、3シナリオでバリュエーションを組み直しました。
ベースケース(改定の主要論点が部分実装)、悲観ケース(要介護1-2の総合事業移行・利用者2割負担拡大が全面実装)、楽観ケース(改定が小幅にとどまる)の3本立てで収益を置き直すと、ケース間でEBITDAが無視できない幅で動くことが見えました。具体の振れ幅は前提次第で動くため一つの数字には固めず、譲渡対価はベースケースで設定したうえで、悲観・楽観への振れは対価の一部をアーンアウトに切り替えて吸収する設計で合意しました。改定前後の譲渡では、レンジを一点に丸めないこと自体が交渉の前提を作ります。
改定前後で売り急ぎが増える事業者像——どんな事業者が動くか
介護報酬改定の前後では、特定のタイプの事業者で売却検討が集中する傾向があります。2027年改定の論点を踏まえると、次の事業者像が「売り急ぎ」になりやすいと見られます。
改定で打撃を受けやすい事業者像
最も影響を受けやすいのは、要介護1-2の利用者比率が高い通所介護・訪問介護事業者です。総合事業移行で主力の利用者層が対象外になるリスクを抱えます。これと近い構造で、小規模単独運営の通所介護事業者も苦しい。通所介護にもともとある大規模型ほど基本報酬単価が低い規模別の枠組みのもとで、規模を取れない事業者は固定費を吸収しきれず、収益の安定度で見劣りしやすいからです。加えて、処遇改善加算の運用負荷で疲弊している事業者では、賃金改善計画書・キャリアパス要件の継続維持が困難になりつつあります。
オペレーション側に目を向けると、ICT・介護DX対応投資ができていない事業者は、人員配置基準のICT活用緩和の恩恵を取れません。同様に、科学的介護(LIFE)データ提出体制が整っていない事業者は加算要件への適合が難しくなります。そして地方の単独事業所では、採用市場の硬直で人員配置基準そのものが崩れつつある——こうした要素が重なる事業者ほど、改定論点の直撃を受けやすい構造です。
改定前の駆け込み譲渡か、改定後の様子見か
譲渡側の判断としては、改定の影響を受ける前に譲渡を完了させる「駆け込み」と、改定後の収益が確定してから譲渡する「様子見」の二択になります。それぞれ一長一短があります。
駆け込みのメリットは、改定前の収益ベースで対価交渉でき、買い手側も改定前のバリュエーションに合意しやすい点です。一方でデメリットとして、買い手側が改定リスクを織り込んで対価を抑える動きや、表明保証・特別補償で改定後の論点が問われるリスクがあります。逆に様子見のメリットは、改定後の確定収益でバリュエーションの不確実性が下がること。ただしデメリットとして、改定で収益が下がった場合に譲渡対価が大幅に下がるうえ、改定対応コストを譲渡側が先に負担することになります。
判断は事業者の体力・改定論点への影響度・他の譲渡動機(後継者不在・健康事情など)の組み合わせで変わります。ただ、改定論点が明らかに「自社を直撃する」と見える事業者は、改定前の駆け込みでも対価が下がる構造です。改定論点の影響を見極めたうえで、現実的な譲渡対価を譲渡側オーナーが受け入れる準備が、ディール成立の鍵になります。
「様子見」を選んだ理事長が引き合いの変化に気づいた場面
地方の通所介護を2拠点運営する事業者で、譲渡側理事長は「改定の様子を見てから譲渡する」という方針でした。要介護1-2の利用者比率が高く、総合事業移行が議論されている論点の影響を受けやすい構造でした。
印象に残っているのは、半年ほど様子見を続けた段階で理事長自身が「引き合いの温度が変わった」と気づいた場面です。以前は早期クロージングを前提に話を進めていた買い手候補が、面談の場で「改定後の収益が読めるまで対価は据え置きたい」「総合事業に移った場合の補償条項を入れたい」と条件を重ねるようになっていました。理事長は「待っているあいだに、改定リスクを織り込んだ前提で交渉が組み直されていた」と表現していました。最終的には、改定が確定する前にいったん条件をまとめる方向へ舵を切り直しています。改定論点で影響を受けやすい事業者では、様子見そのものが買い手の警戒を強めることがある——金額の大小より、交渉の前提が静かに塗り替わっていく時間差を、理事長が肌で感じ取った案件でした。
利用者構成のDD——2割負担拡大で離脱が起きる利用者層の見極め
利用者2割負担の対象拡大が実装された場合、現状1割負担の利用者の一部が2割負担に移行します。利用者にとっては自己負担額が単純に倍増するため、サービス利用頻度の削減や利用中止に動く可能性があります。M&AのDDでは、対象事業者の利用者構成のうち、改定後に2割負担に移行する層がどれくらいいるか、その層がサービス継続するかどうかを見極める作業が必要です。
利用者構成のDDで確認する軸
出発点になるのは、利用者の所得階層別構成です。現状1割負担と2割負担、3割負担の利用者比率と、その所得階層別の分布を押さえます。そのうえで2割負担拡大時の影響試算に進み、議論されている所得基準で何%の利用者が2割に移行するかを見積もります。
ここから先は利用者の行動を読む作業になります。まず負担増による利用継続意向——2割負担になった場合のサービス継続意向を調査・推測します。加えて利用頻度の調整余地として、利用日数・利用時間を減らすことで負担増を吸収する利用者の比率も見ます。そして競合事業所への移行可能性、つまり負担増を機に他事業所に移る可能性を織り込んで、改定後の利用減を試算します。
利用者の所得階層情報は、ケアマネジャーや事業所が一定の範囲で把握しています。ただし買い手側DDでこれを直接開示請求するのは個人情報の取扱いで難しいため、譲渡側に集計データの開示を依頼するのが現実的です。「現状1割負担の利用者のうち、2割負担に移行する可能性のある層が30%」といった集計レベルでも、改定影響の試算には十分な情報になります。
利用継続意向の見極め
2割負担への移行が、即座に利用中止につながるとは限りません。要介護度の高い利用者では家族が継続を強く希望することもあり、要介護度の低い軽度者ほど利用調整・中止に動きやすい傾向があります。利用者構成のDDでは、要介護度・所得階層・家族状況の3軸で、改定後の利用継続見通しを試算するアプローチが有効です。
「負担増で何人が離れるか」を誰も即答できなかった場面
都市部の通所介護事業者のDDで、現状の利用者構成を負担割合別に集計してもらいました。多数を占めるのは1割負担層で、2割・3割負担はそれぞれ一部です。買い手側が知りたかったのは、2割負担の対象が広がったとき「現状1割の利用者のうち何人が2割に移り、そのうち何人が利用を減らすか」でした。
ここで全員が詰まりました。所得基準の引下げ幅が確定していないため移行対象がそもそも確定せず、移行したとして利用を続けるかは利用者の家族判断に依存します。譲渡側のケアマネに感触を聞くと、「要介護度が高い人の家族は負担が増えても続けたがる。軽度の人ほど『じゃあ週2回を週1回に』と言い出しやすい」という答えでした。結局このDDでは離脱率を一つの数字に固定せず、移行対象の幅と利用継続率の幅を掛け合わせた複数ケースを置き、要介護1-2比率の高さが売上の振れ幅を決める、という形で買い手に渡しました。改定が確定していない以上、ここで一つの減収率を断定するほうが危うい——精度を装わずに幅で示す判断が、このときは正しかったと思っています。
総合事業移行のリスク——通所介護・訪問介護の小規模事業者への影響
要介護1-2の利用者向けサービスを市町村の総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)に移行する議論が、2027年改定で進む可能性があります。総合事業は市町村が運営主体で、報酬体系・基準が介護保険給付サービスと異なります。事業者にとっては、報酬単価の下落・市町村ごとの運用差・指定基準の見直しといった影響が同時に走ります。
総合事業移行のDD観点
まず確認するのは、要介護1-2の利用者比率です。事業所の利用者のうち、総合事業移行の対象になる軽度者がどれだけいるか。次に移行対象サービスを見極めます。議論されている対象サービス範囲が通所介護・訪問介護の全部か一部かで、影響度が大きく変わるためです。
そのうえで市町村ごとの制度差に踏み込みます。総合事業の単価設定・指定基準は市町村ごとに異なるため、事業所所在地の市町村の運営方針を確認します。これと連動して移行後の報酬単価、つまり介護保険給付サービスと総合事業の単価を比較し、下落幅を試算します。最後に事業者種別の選択も論点です。第1号事業(みなし指定)・第1号事業所指定・委託事業者など、複数の選択肢のうちどれに移行するかで運営の前提が変わります。
総合事業の単価は、介護保険給付サービスより低く設定される傾向があります。事業者にとっては、軽度者の収益貢献が大きく下がる構造です。要介護1-2の利用者比率が高い通所介護・訪問介護事業者では、総合事業移行が実装されると収益が大きく圧迫されるリスクがあります。
市町村ごとの運用差
総合事業は市町村が運営主体のため、単価設定・指定基準・運営方針が市町村ごとに異なります。同じ事業内容でも、A市では収益が立つがB市では立たないという構造が起きえます。買い手側のDDでは、譲渡対象事業所の所在市町村の総合事業運用方針を確認することが、改定後の収益見通しを精緻化する作業になります。
拠点ごとに「同じ事業内容なのに前提が違う」と気づいた場面
訪問介護を3市町村にまたがって運営する事業者のDDで、買い手側の担当者が「同じ訪問介護なのに、市町村ごとに前提を分けて見ないと危ない」と気づいた場面が印象に残っています。きっかけは、すでに総合事業に移っている既存の介護予防サービスの単価表でした。同じ生活援助の内容でも、市町村によって設定単価に差があり、担当者は「総合事業の単価は自治体の財政事情で動く。介護給付と同じ前提で全拠点を一律に試算してはいけない」と判断を改めました。
仮に要介護1-2が総合事業に移った場合の単価がどうなるかは、執筆時点では確定していません。ただ既存の総合事業の運用を見るかぎり、介護給付より低い水準に設定する自治体が多く、その下げ幅も自治体ごとに割れます。このときは拠点別に「単価が現状維持」「介護給付より下振れ」の両ケースを置いて見通しを分け、要介護1-2比率の高い拠点ほど振れ幅が大きいことを買い手と共有しました。具体の単価差は確定情報を待つしかないものの、自治体差を一律に均してしまうと拠点別のリスクが見えなくなる——その視点を持てたことが、このDDの実質的な成果でした。
ICT介護DX加算と人員配置基準——テクノロジー対応が分かれ目
2024年改定で導入されたICT・介護DX関連の加算は、2027年改定でさらに重みづけされる方向で議論されています。具体的には、見守りセンサー・介護記録ソフト・科学的介護情報システム(LIFE)の活用が、人員配置基準の緩和や加算算定の要件として組み込まれる流れです。
ICT・介護DX関連のDD観点
中心になるのは見守りセンサーの導入状況です。夜間見守り体制でセンサーを活用できているか、人員配置基準緩和を取りにいける状態かを確認します。これと並んで介護記録ソフトの導入も見ます。記録のデジタル化が進んでいるか、業務効率化の実態とベンダー対応状況はどうか。さらにLIFEへのデータ提出、つまり科学的介護情報システムへのデータ提出実績と加算算定への接続が、加算要件への適合を左右します。
加えて、オンライン診療・遠隔モニタリングの活用が医療連携加算への接続点になります。最後にBCP(事業継続計画)の整備も外せません。2024年から義務化された介護事業所のBCP策定状況は、規制対応の基礎体力を映す指標です。
人員配置基準のICT活用緩和
2027年改定では、特養・有料老人ホームなどでの人員配置基準のICT活用緩和をさらに拡大する議論が進んでいます。2024年改定で既に見守り機器・テクノロジー活用時の柔軟運用が部分的に導入されていて(具体の比率や要件は施設類型ごとに異なる)、対象施設・要件をさらに広げる方向で検討されています。これが実装されると、ICT投資ができている事業者は人件費を抑制でき、できていない事業者は規制緩和の恩恵を取れない構造になります。
ICT・介護DX対応が遅れている事業者は、改定後に「規模も取れず、ICT緩和も活かせない」という二重苦に直面する可能性があります。M&Aで譲渡される対象事業者のICT対応状況は、改定後の収益見通しを左右する重要な論点です。
「緩和が来ても自分たちは使えない」と現場長が漏らした場面
特養を1拠点運営する社会福祉法人グループ傘下の事業者のDDで、ICT・介護DX関連の導入状況を確認しました。介護記録ソフトは導入済みでしたが、見守りセンサーは未導入、LIFEへのデータ提出も限定的。人員配置は基準ぎりぎりの水準で、夜勤体制も最低限でした。
ヒアリングで施設長が漏らした一言が論点を言い当てていました。「人員配置の緩和が拡大しても、センサーが入っていないうちはその恩恵を取りにいけない」。つまり論点は改定そのものより、改定で緩和が広がったときに「使える側」に回れるかどうかにありました。ICT投資を済ませた競合は人件費を抑えてサービスを続けられる一方、この施設は同じ人員を張り続けるしかなく、競合との差が開いていく——その差がどの程度になるかは、緩和の最終要件が固まらないと数字にできません。このDDでは収益インパクトを一つの率で断定せず、「緩和が広く実装される/限定的にとどまる」の両ケースを置いて、買い手と譲渡側に振れ幅として共有しました。改定後の競争力を左右するのは、加算の有無というより、緩和を取りにいける設備投資を済ませているかどうかだと整理した案件です。
改定後の収益見通しを織り込んだバリュエーション
2027年改定前後のM&Aでは、改定後の収益見通しをバリュエーションに織り込む作業が、買い手側・譲渡側の双方にとって重要です。「現状の収益」だけで対価を決めると、改定後に経営計画の前提が崩れるか、逆に譲渡側が必要以上に対価を下げてしまうかのいずれかが起きます。
改定前後のバリュエーション設計
設計の土台は3シナリオ前提です。ベースケース(主要論点が部分実装)・悲観ケース(全面実装)・楽観ケース(小幅改定)の3本立てで収益を試算します。そのうえでEBITDA倍率の調整に進み、改定リスクの大きさに応じて業界平均倍率から下方修正します。
価格そのもので吸収しきれない不確実性は、対価構造で受け止めます。まずアーンアウトの活用——改定後の業績達成度に応じた追加対価を組むことで、譲渡側・買い手の認識ギャップを埋められます。加えて改定影響の特別補償として、改定で特定の加算が取れなくなった場合の補償条項を入れます。さらに譲渡対価の分割払いを使い、改定後の収益が確定するまで対価の一部を留保する設計も有効です。
譲渡対価の構造例
考え方を示すための一例として、譲渡対価3億円の案件で次のような構造が考えられます。クロージング時に2億円、改定後1年間の業績に応じて5,000万円のアーンアウト、改定で特定加算が取れなくなった場合に5,000万円のエスクローから補償、という3分割です。
この配分に絶対の正解はなく、案件ごとに「改定で動きうる収益の幅」から逆算して決めます。クロージング額を悲観ケースでも回収が見込める収益水準に置き、その上で改定が想定どおりに進まなかった場合に取り崩す可能性のある金額(このケースでは加算剥落リスク相当)をエスクローに、改定が無難に済めば追加で払える上振れ分をアーンアウトに割り振る、という順序です。ここでアーンアウトとエスクローを各5,000万円としたのは、収益の振れ幅試算で上振れ・下振れがほぼ同規模に見えたためで、下振れリスクが大きい案件ならエスクロー側を厚くします。譲渡側にとっては「改定の影響が小さければ対価3億円が満額」、買い手側にとっては「改定で大きな影響が出れば対価は2億円水準」となり、改定の不確実性を価格そのものではなく構造で吸収できます。
改定論点を織り込んだバリュエーションには、譲渡側・買い手の双方が改定の方向性を理解していることが前提になります。譲渡側オーナーが「改定論点は気にしない」「自分は影響を受けない」と考えていると、対価交渉が認識ギャップで進まなくなります。改定論点をベースとして双方で共有してから、バリュエーションの議論に入るのが現実的な進め方です。
3シナリオ+アーンアウト構造で合意した案件
通所介護2拠点を運営する事業者の譲渡で、譲渡側理事長は「現状EBITDAの5倍で売りたい」、買い手は「2027年改定リスクで4倍が限界」と主張し、対価交渉が膠着していました。3シナリオでのバリュエーション試算と、アーンアウト構造を組み合わせる設計を提案しました。
クロージング時の対価を悲観ケースのEBITDA×4倍(1.6億円)、改定後2年間の業績達成度に応じてアーンアウト最大8,000万円。改定の主要論点が部分実装にとどまればアーンアウト満額、全面実装で収益が落ちれば部分発動という設計で、譲渡側・買い手の双方が合意しました。改定前後のM&Aでは、対価構造を分解することで認識ギャップを埋められる場面が多くあります。
まとめ
2027年介護報酬改定は、利用者2割負担拡大・要介護1-2の総合事業移行・人員配置基準のICT活用緩和など、小規模事業者を直撃する論点が並ぶ可能性があります。改定の最終内容はまだ確定していませんが、議論の方向性は徐々に見えてきていて、改定前後のM&Aでは改定後の収益見通しを織り込んだバリュエーションが必要です。
譲渡側にとっては「改定前の駆け込み売却」と「改定後の様子見」の判断、買い手側にとっては「改定リスクをどう価格に反映するか」「アーンアウト・特別補償・エスクローをどう組み合わせるか」が、ディール設計の中核になります。改定論点で打撃を受けやすい事業者ほど、譲渡実行のタイミングが対価に直接効くため、議論の方向性をフォローしながら譲渡準備を進めることが現実解です。
DD-AXでは、2027年改定論点を織り込んだ介護M&AのDDを中小M&Aの規模感で実施しています。介護給付費分科会の議論を継続的にフォローしている介護経営コンサル、改定情報に詳しい行政書士・社労士、利用者構成・拠点別収益の分析に踏み込めるアナリストのネットワークと連携し、改定論点と譲渡対価の接続を、現場で求められる順序に並べ直して進めます。既存の介護M&A DD記事と併せて、改定対応版として活用していただけます。
改定を織り込んだDDも、指定基準や加算要件の照合・利用者構成データの集計はAIで定型処理し、2027年改定が拠点別収益に与える影響の試算や対価への反映は専門家が握る分担にすれば、大手より速く・安く品質を保てます(業種特化DDをAIで安く・速く回す方法)。